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鳥取県を代表する板画家 長谷川富三郎氏は、版画を「板画」と称して「板」にこだわり、生涯を通して版木だけでも約4,000点に及ぶ膨大な板画作品の制作に打ち込まれました。
そのすべてを網羅することはできませんが、氏の残された業績を振り返り、初期から晩年に至るまでの作品を『遺作集』として1冊の本にまとめました。
本誌のさまざまな作品を通して、あらためて私たちの心の中に、そして生活の中に、氏の作品が生き続けていることに気づかれる方が多いのではと思います。それこそが氏の出発点であった民藝運動の所産なのです。※「序文」より抜粋。
長谷川富三郎【1910年~2004年】
無弟・長谷川富三郎翁は、1910年姫路市に生まれ、1929年明倫小学校の勤務をきっかけに倉吉に居を構えた。そして中井金三を中心とした《砂丘社》の活動に参加し、油絵を学ぶことから始めた。
1938年、交遊のあった民藝運動のリーダーである吉田璋也の紹介で柳宗悦・河井寛次郎・濱田庄司らの知遇を得る。この縁によって1940年より棟方志功との交流が始まり、接発され、棟方らが提唱した《版画》への道が開かれた。棟方の要請により日本版画院展へ1952年の第1回から出品し、以後全国的なレベルで活躍。
長谷川翁は、木版画の業績により平成15年度鳥取県文化功労賞を受け、翌年の2004年8月に94歳の天寿を全うされた。
約200点の掲載作品の中から、一部をご紹介します。
打吹童子
富士晴天
伯耆大山(冬日)
しだれ桜(極楽寺)
源左語録
泥佛放語
河井先醒語録
無弟土話
無弟いろは譜
※電子書籍にて、立ち読みサンプルを閲覧していただけます。











